『源氏物語』とは紫式部が石山寺(滋賀県大津市)で着想を得て書いたものといいます。
作中には滋賀の逢坂の関、延暦寺など、滋賀の名所も多く出てきます。
なので「『源氏物語』といえば滋賀県!!」と言いたい気持ちはわかります。
ですが、滋賀県よ、お待ちください。
あなたは近江の君の存在を知っていますか?
近江とは今の滋賀県のことをいいます。
その名を冠する近江の君は『源氏物語』でずいぶんな扱いを受けているのですが、その存在を知らずに「『源氏物語』は滋賀!」と言っていいのでしょうか?
この記事では近江の君について、あまりな扱いを受ける近江の君がいるにも関わらず、『源氏物語』は滋賀であると言い切る滋賀について待ったをかけます。
滋賀県の『源氏物語』アピール
『源氏物語』がブームになると、滋賀県はキャンペーンが増えます。
『源氏物語』に関係する展示会があちこちで催されます。
『源氏物語』の世界を垣間見られる展示であったり、『源氏物語』の貴重な写本や屏風などが展示されたりして、見所がたくさんです。
展示会場の付近の店では『源氏物語』にまつわる料理が増えます。
平安時代にはなかっただろうメニュー、ケーキやハンバーグなども『源氏物語』を冠して提供されます。
見所が増え、楽しみが増えるのはよいことですが、あまり「『源氏物語』は滋賀県!」とおおっぴらにいうのはどうかなあと思うのです。
なぜなら、『源氏物語』には近江の君という、近江(今の滋賀県)の名を冠した人物が出てきて、その扱いがよろしくないからです。
近江の君の扱いを知らずに滋賀県が『源氏物語』をアピールするのは、かっこ悪いと思うのですが、どうでしょう。
『源氏物語』の近江の君
近江の君について説明します。
近江の君は、主人公光源氏の友人で義兄、ライバルである頭の中将(内大臣)の娘です。
昔の恋人が産んだ姫として、探し出されました。
近江の君と呼ばれるのは、育った場所が近江(今の滋賀県)だったからと考えられます。
親しみやすく愛嬌のある顔立ちで、父親によく似ていますが、早口で、騒々しく、率直です。
「・・・・・・令嬢だなどと思召
さないで、女房たちの一人としてお使いくださいまし。お便器のほうのお仕事だって私はさせていただきます」『源氏物語』常夏 与謝野晶子訳
言葉を遮ってまでまっすぐに言い切るので、父親を閉口させました。
「その物言いを少し静かにして聞かせてください。それができれば私の命も延びるだろう」
『源氏物語』常夏 与謝野晶子訳
父親は笑っていたとはいえ、命が縮む思いをさせているとはたいしたものです。
近江の君は、ダサい、わきまえのない、話の通じない、物言いを知らない、つまりはひどい田舎者として表されているのです。
父親からは恥ずかしい存在とため息をつかれ、兄弟や女房たちには笑われている様が、しばしば描写されています。
近江の君と玉鬘の対比
近江の君 | 玉鬘 | |
容姿 | 父親似 愛嬌者 | 気高い美女 |
性格 | 早口 頑張り屋 | 人なつこい 明るい |
育った場所 | 近江 | 九州 |
和歌 | 訳がわからない | 見事 |
登場回 | 26常夏~31真木柱 35若菜(下) | 22玉鬘~31真木柱 34若菜(上)~35若菜(下) |
立場 | コメディキャラ 笑われもの | ヒロイン モテモテ |
思われ人 | なし | 光源氏 冷泉帝 夕霧 柏木 蛍兵部卿宮 髭黒大将 |
近江の君と対比して描かれるのは、玉鬘です。
『源氏物語』全54帖のうち22部「玉鬘」から31部「真木柱」では中心になっており、この10帖は「玉鬘十帖」とも呼ばれています。
玉葛は頭中将と夕顔の間に生まれた姫ですが、20才まで、乳母によって九州で育てられました。
色々あって(『源氏物語』をお読みください)父親に会うことなく、光源氏の養女となり、六条院にひきとられます。
「玉葛十帖」のヒロインなので、玉鬘はとにかく美女で、モテモテです。
玉葛に思いを寄せる殿方も、時の帝から、蛍兵部卿宮、光源氏など実に華々しい顔ぶれです。
和歌を詠めば、玉鬘は教養をうかがわせる見事なものを詠みます。
袖の香を よそふるからに 橘の 身さへはかなく なりもこそすれ
『源氏物語』胡蝶
いっぽう、近江の君は3つ別のところにある地名を並べたちぐはぐなもので、もらった方が困惑する歌を詠みます。
草若み 常陸の浦の いかが崎 いかであひ見む 田子の浦波
『源氏物語』常夏
近江の君と玉鬘は実は姉妹で境遇も似た存在なのですが、作中ではなにかと対比され、玉鬘の評判はますます高くなり、近江の君は人々に笑われるのです。
近江の君はまったく玉葛の引き立て役といえるでしょう。
近江の君の魅力
近江の君の魅力について説明します。
『源氏物語』の作中では、ヒロインの引き立て役として描かれる近江の君です。
あちこちで近江の君について書かれたものを詠みましたが、近江の君を悪くいうところはほとんど見あたりませんでした。
むしろ、近江の君の「お便器の掃除もします」と言うような率直さ、一生懸命さに好感を抱く人が大半です。
ヒロインとして見事に描かれる玉葛ですが・・・・・・私は玉鬘十帖はあまり面白く感じません。
母と死別し、父と会うこともできない、不遇な状況は気の毒ですが、すべて受け身なのです。
帝やら兵部卿宮やら思われ人の面々は華やかですが、これも彼女自身はつまり受け身です。
いっぽう近江の君は主体的です。
「お便器の掃除もします」と自ら言ってのけます。
尚内侍になりたいと思えば、なりたいと訴え、行儀見習いでもなんでもします。
巷で噂のいい男性がいれば、自ら歌を詠んで言い寄ります。
おっとりさが尊ばれる平安貴族の社会で、近江の君は早口です。だからなに?
におわせる表現を良しとする平安貴族の社会で、近江の君は率直です。一生懸命です。だからなに?
父と離れ、母と死別し、思わぬ人に言い寄られ、逃げだし・・・・・・典型的な不幸なヒロイン像である玉鬘よりも、愛嬌のある頑張り屋の近江の君のほうが、私はよほどチャーミングに思えるのです。
むしろ21世紀の現代では、近江の君に好感を持つ人がよほど多いのではないでしょうか。
滋賀県は近江の君をアピールすべきか
『源氏物語』は滋賀県であると訴えるのは結構です。
紫式部は石山寺で『源氏物語』の着想を受けたし、話には滋賀の名所も数多く出てきます。
ですが近江の君を忘れてはなりません。
作中では笑いものかもしれませんが、現代の目で見れば、愛嬌者の一生懸命さんで、はるかに魅力的なのです。
座敷の御簾
をいっぱいに張り出すようにして裾
をおさえた中で、五節
という生意気な若い女房と令嬢は双六
を打っていた。『源氏物語』常夏 与謝野晶子訳
近江の君は双六に興じる姿が唯一描かれる登場人物です。
サイコロとセットで近江の君をキャラクター化して、滋賀のアピールに使えばいいのではないでしょうか。
「紫式部は石山寺で『源氏物語』の着想を~」だけでは、もう飽きました!
近江の名を冠しているのだから、これほど近江のアピールに適した存在はいません。
滋賀県は、近江の君をキャラクター化してアピールに使うべきです。
まとめ
- 『源氏物語』は紫式部が石山寺で着想を得て書かれた
- 『源氏物語』は滋賀県であるとアピールされている
- 『源氏物語』には近江の君という、田舎者で笑われ者の姫が登場する
- 近江の君は玉葛の引き立て役として描かれている
- 近江の君は、現代の目で見れば魅力的な人物である
- 滋賀県は近江の君をキャラクター化してアピールに使うべきである
上記についてお届けしました。
『源氏物語』に出る近江の君は、笑われ者として描かれていますが、チャーミングで魅了的な姫です。
滋賀県は近江の君をキャラクター化してアピールに使うべきだと思います。
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